結月ゆかりという女

時代に愛された女との個人的なお話です

ボーカルシンセサイザーの代名詞といえば初音ミクですが、スピーチシンセサイザーの代名詞としてキャラクターを挙げるなら結月ゆかりになるでしょう。

2011年12月に「VOICEROID+ 結月ゆかり」が「VOCALOID3 結月ゆかり」と同時発売されて以降、合成音声ゲーム実況動画黎明期の時流に乗って多数の動画が作られ、一躍界隈のトップアイドルと呼べる存在になりました。
近年多数のスピーチシンセサイザーが登場し、キャラクターも爆発的に増えましたがいまだその人気は健在で、押しも押されもせぬ大御所と言ったところです。

出会い

私が彼女の存在を初めて知ったのは「新しいVOCALOIDが出た」というニュースをネット上で見かけたときだったと思います。
当時の私はまだ合成音声にそれほど興味がなく、単に「名前に”音”が入ってないんだな」と思った程度でした。VOICEROIDとしても発売されているという事実は意識すらしていなかったと思います。

その後、ニコニコ動画で当時ハマりだしたMinecraftの実況動画を検索しているときに見つけたのがかの”悪魔憑き”ゆかりの動画です。
といっても、衝撃を受けたという感じではありませんでした。動画自体は大変面白く視聴させていただきましたが、声については「ゆっくりよりきれいに喋るソフトもあるんだ」というくらいのもので、すぐには特に詳しく調べもしなかったためAHSやエーアイ、ボカロマケッツといった企業等の存在を認知するのもだいぶ後のことです。

そんな感じで、今となっては自分でも信じられないほど淡白な出会いであったと記憶しています。

聞き専

出会いはそれほど運命的ではなかったものの、思えばそれ以来生声の動画をあまり見なくなりました。人間に近い自然な喋りでありながら、人間の発声に混じるノイズの類がない彼女の声は私にとって心地よいものであったようです。

興味の中心はあくまでMinecraftではありましたが、当時はゲーム実況といえばMinecraftでしたので結月ゆかりの声と接する機会は多く、そこから徐々に他のゲームの実況動画を、そしてゲーム実況以外の動画も「結月ゆかりが出ている」というだけで見るようになります。
まあ、既にコンビとして定番になりつつあった弦巻マキやその後出てきた東北ずん子と合わせてVOICEROIDの”箱推し”のような感じにはなりましたが、それでも結月ゆかりはリーダー格というか主人公枠というか、ちょっとだけ特別な存在でした。

とはいえ、私は今の今まで彼女を”お迎え”したことはありません。
というのも当時から既にオープンソースソフトウェアの文化にかぶれていて普段遣いのOSがUbuntuでしたので、そのままではVIOCEROIDを動かせなかったからです。Wineで動かないかとは考えましたが、不確定なものに安くない金額を出すには懐の余裕がなく「Linux用のVOICEROIDが出たら買うのになあ」などとふざけたことを考えていました。
最近は最近でVOICEVOXというそのままLinuxで動く無料ソフトが出てきたので動画を作る時もずんだもんを使っています。
そんなわけで機会を逸し続けて結月ゆかりについては今も”聞き専”……と言うと聞こえがよくなってしまいますが、ファンを名乗るのは少々おこがましいという感じですね。

二次創作的共通認識

そんな、付き合いは長いけど微妙な距離感である結月ゆかりですが、昨今の人気ぶりはちょっと嬉しくなります。
なぜここまで人気を博したのかというと、思うに「設定の自由度」と「タイミング」があったのではないでしょうか。

結月ゆかりには確固たる公式設定というものがあまりありません。声の特徴以外には誕生日、年齢、身長が設定されているくらいなもので、性格に関する直接的な設定は皆無と言っていいです。
原作設定が少ないゆえに、言ってみれば二次創作の一種である動画では自由なキャラ造形というものが可能でした。

そこへMinecraftをはじめとするゲーム実況動画のコンテンツとしての成長時期が重なり、結果として様々な結月ゆかりが他との差別化を図る動画投稿者の手によって作られました。いわゆる「亜種ゆかり」も一時期流行りましたね。
そうして性格も、時には外見も異なる結月ゆかりが大量に現れると、逆に「これこそが結月ゆかりの本質だ」とでも言うべき部分が自然と創作者の間で共有されていきます。たとえば喋り方が丁寧だとか、大人びて見えてもちょっとポンコツなところがあるとか、そういう感じの漠然とした認識が広まり、その認識をもとに二次創作が再生産されさらに認識が強化されるという好循環が発生しました。

こうした現象には個人的に覚えがあって、それは「やる夫スレ」です。
やる夫ややらない夫といった原作のないアスキーアートのキャラクターはもとより、原作があるはずの水銀燈のようなキャラクターまで、やる夫スレという空間では「こういうキャラである」という共通認識が生まれていました。
特に水銀燈はやる夫スレ初期からアスキーアートが豊富であったという理由で様々な立ち位置のキャラクターに採用されたためにそういう現象が起こっています。
結月ゆかりがスピーチシンセサイザーのラインナップが充実していない頃から様々な動画に採用されていたこととよく似ていると思います。

結月ゆかりの発売時期とMinecraft正式版のリリースが近かったことと、さらに時を同じくしてゲーム実況動画という娯楽が広まりだしたことはまさしくタイミングの妙と言えるでしょう。状況が何かひとつ違っていれば、今結月ゆかりが収まっているポジションに別のキャラクターがいたかもしれない、あるいは合成音声界隈はこれほど発展していなかったかもしれないと思うと、そのタイミングに感謝するしかありません。

こういうのを「時代に愛された」という

最近はずんだもんの動画がブームという感じですが、ずんだもんの場合無料で使えることと既に動画投稿が一般化していて投稿者人口が多く、言ってはなんですが粗製乱造されている感が否めません。キャラ付けについても公式の出している設定以上にはまだ確たる共通点というものがあまり見出されていないように感じます。
やはり界隈の初期からいるというのは大きなアドバンテージなのでしょう。いまさら動画で結月ゆかりの二次創作的共通認識であるキャラクターを崩壊させようという人はあまりいないはずです。

もちろん、そこまで至ったのは初期から結月ゆかりをお迎えして動画を作って投稿していた人たちの熱意と努力の成果ではありますが、それでも大枠としては「時代に愛された女」結月ゆかりと言うことができるのではないでしょうか。

ハッピーバースデイ

そんな結月ゆかりも本日12月22日で11回目の18歳の誕生日です。
最初に発売されたVOICEROID+は販売が終了してしまいましたが、実質的な後継ソフトである「A.I.VOICE 結月ゆかり」が発売されており「雫」や「凪」といったバリエーションも登場しています。
衰えを知らない彼女の人気がこれからも末永く続くことを、合成音声界隈のより一層の発展とともに強く願うものであります。

以上です
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